今日はあんまりだけど、フジテレビの話。
前代未聞のCMがACになる事態が続いて、世間的には悪いダメな企業ということになったようだ。じゃあ、実際何があったのかというと今となっては、いろんな人がいろんなことをきっと言うのだろう。
ガバナンスとか、経営体制とか、人権とか。
まあ、別にそんなことはそれぞれの人がそれぞれに考えればいいわけだから、そんなことに文句を言うつもりはないのだけれど、びっくりしたのは、文春が極めて重要な部分をさらった訂正したこと。
訂正はされたけれど、予想通り、僕が本来そうなるべきと思うほど、謝罪もなければ、擁護もなければ、風向きが変わることもなさそうだ。
まあ、実際に、本当に、何があったか、事実がどうなのかは今の時点でわかるわけもないし、第三者委員会の調査を待ちましょう、なんていう極めて冷静な意見があふれるのもわからなくはない。
しかし、それが本当にそうなら、「本当に何があったか今の時点ではわかるはずもない」状況で、ああした会見が行われ、スポンサーがCMをとめたということに他ならない。つまり、事実はどうあれ、噂が流れたのはそれなりの理由があるからで、リスク管理として、それは当然で、事実がなかったとしても、事実があったら大変なことだから、事実があるという前提で追及するのは当然のことだということなのだろう。
おそろしい話だ。
もちろん、結果が出なければわからないけれど、真っ黒の可能性もあるけれど、真っ白の可能性だってあるわけで、それでもリスク管理や噂がある以上追及するのは当然なのだろう。
こんなことを書くと、きっと、「いや、フジテレビには今回の件に限らず悪い噂がある」とか「今回の会見の流れや対応を見ても問題があることは明らかで真っ白なんてことはない」とか反論が出てくることも予想できる。
でも、フジテレビが白だといいたいわけではなく、なぜ問題のある企業だということに決めつけられたかといえば、フジテレビの社員が今回の問題を具体的に引き起こしたと報道されたからに他ならない。実際、それまではCMも流れていたわけだし、記者会見を求められたのも、その事実があったからだ。
ところが、その根幹が訂正された。
もし、そこがなければ、とりあえず現在のような窮地に追い込まれてはいないかもしれない。
僕らはその報道を見て、「きっと何かやましいことがあり、きっと何か隠蔽しており、きっと嘘をついているにちがいない」と考えた。つまり「フジテレビの社員が具体的に関わりそれを隠蔽した企業」と決めつけたわけだ。
今、その根幹が崩れても、引っ込みがつかないから、「いや、まだグレーだ」とか「黒なのだ」とか、一番冷静でも「第三者委員会の結論をまとう」なんて言う。
つまり「現状は仕方ないのだ。まだ白でないのだから」ということ。
そこを否定するつもりはない。事実はわからない。
でも、今の状況は明らかに文春の報道きっかけで、その根幹が崩れてるのに、何も変わらないなんておかしいのではないか。
きっとそれでも言われる。「フジテレビはその他でもいろいろ問題がある企業なのだ」と。
でも僕は思う。その問題のある企業というイメージは、今回の文春の訂正した記事によってはじめて確定した、決めつけられたことなのではないか。
記事が間違っていたのに、問題がある企業だから仕方ない…。でもその「問題のある企業」という決めつけは、その間違った記事によって確定した…。
マッチポンプだ。
繰り返すけれど、フジテレビに問題がないとは思わない。でも、そんなことを言うなら、セクシー田中さん問題の日本テレビは許されるのだろうか。他の企業にはガバナンスの問題はないのだろうか。
でも、フジテレビは今回の流れで叩いていい、叩いて体質を変える必要があると決まった。きっかけは訂正された記事で。で、記事は間違っていても、問題があるから仕方ない。
問題をただすこと、経営体制を変えることは必要かもしれない。でも、それがこんな極端なことを生み、そして、間違いがあったにも関わらず、風向きがほとんど変わらなかったり、記者会見で決めつけ発言をした当人たちが反省せず、開き直って「いや、それでも問題があることに変わりない」とか言っていて、それが世間に受けいれられるとすれば、やりきれない気がする。
文春は、立場として「今回のことは社員Aがセッティングしたわけではないけれど一連の問題だから」ということらしいので、謝罪もしないというのはわからなくもない。だって、フジテレビを黒だと決めて戦うわけだから。
でも、その文春報道を鵜呑みにして、黒だとか問題企業だとか決めつけた記者や僕らは反省が必要だと思う。
まあ、文春はもっと早く訂正できるはずなのに、わざわざこのタイミングまでひっぱって炎上させて、しれっとこっそりと訂正するなんて戦い方としては卑怯すぎるけれど。
というわけでおそろしい時代になったものだ。決めつけ刑事なんてACの広告を流しながら、みんなでレッテルを貼ってそのレッテルで評価するのだから。そしてみんなで憂さ晴らしのように攻撃するのだから。